登山&旅行ブログ

今年は兎年飛び跳ねるぞ~
龍馬ウオーク・奄美大島の旅
日時:平成19年9月24日(月)~25日(火)一泊ニ日
龍馬ウオーク第2弾は、坂本 龍馬と関係がある人のゆかりの地を訪れる。
第1回は、西郷隆盛流刑の地・奄美大島(愛加那との愛の地です)

写真上でクリックすると拡大写真になります。
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奄美空港上空曇っています。 我々が乗ったJACです。

「ブォォォ~~~」ターボブロップエンジンが廻すプロペラ音が好きだ。これに包まれると何処にでも行ける開放感が身内から湧き上がる直ぐに窓際にへばり付く。目の前に大きなプロペラが力強く重低音を響かせている。奄美大島は思いの外デカイ島だった。南北を逆さにした琵琶湖にサイズも形も似ている。上空からから望むのは初めての大島は黒かった。夕陽評論家 油井昌由樹氏談から抜粋 本当にその通りの奄美大島を実感しました。

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あやまる岬 兎に角海が綺麗だ・・コバルトブルーの海は素敵~
だ!な~

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昼食は、奄美の郷土料理鶏飯(ケイハン)を食べました。「みなとや」は昭和天皇・皇后陛下も召し上がったお店でした。凄く美味しかったですよ。

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      田中 一村記念美術館

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明治41年(1908)、栃木県に生れ,18歳の時に東京美術学校(現在の東京芸術大学)日本画科に入学するなど、将来を嘱望されながらも、病気や生活苦の中で中央画壇とは一線を画し、清貧の中で画業に励みました。 昭和33年、50歳の時に南の島々の自然に魅せられて奄美大島に移り住み、大島紬の工場などで働きながら、衣食住を切り詰め、不遇とも言える生活の中で奄美を描き続け、昭和52年(1977)、69歳でその生涯を終えました。

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         西郷南州流謫地跡  愛加那との居住跡

安政5年(1858)西郷さんは、鹿児島錦江湾に僧月照と身を投じたが蘇生した。島津27代斉興は幕府に死亡と報告と届け西郷は菊池源吾と変名してこの地に潜居を銘じられた。龍家の娘「愛加那」結婚した西郷33歳愛加那23歳であった。長男菊次郎(後の京都市長)誕生。この地の新居2年猶予住んだ後召喚状を受け取りこの地は離れたが
その時愛加那は長女菊草を身ごもっていた。菊次郎14歳菊草9歳で西郷家に引き取られ残された愛加那はただ1人淋しくこの家で暮らし65歳で死去した。悲しい物語となっいる。 解説は孫の龍 昭一郎氏にして頂きこの家を守っておるとの事でした。。

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夜は鳥料理・島唄の店「吟亭」で黒糖焼酎れんとを飲みながら島唄を聴く素晴らしい演奏にうっとりしました。

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瀬戸内町にあるホノホシ海岸は太平洋の荒波で玉石に化した石がびっしり。付近ではキャンプが出来る。

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バシャ山村2007/7/1白い砂とエメラルドグリーンの海岸は、南国情緒たっぷりでした。

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奄美の毒蛇ハブで~すぞ。おう~怖いですね!
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by gxmwm944 | 2007-09-28 14:39
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by gxmwm944
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